それって本当に「安定」?

よく安定志向という言葉を聞きます。僕も公務員の両親から「安定が一番だよ」と言われて育ってきました。何となく使われているこの「安定」という言葉の意味。今回は文脈も含めて考えてみたいと思います。

「安定した生活」と聞いて皆さんがイメージするのはどのようなものでしょうか?一般的には大企業に勤務して、定期的な収入があり、レイオフ(解雇)などの脅威がない状態が長く続く(あるいは永遠に続く)状態を「安定」と言っているのではないかなと思います。僕の同世代にも大企業の社員として働く人は沢山います。その多くは転職の意志はほとんどありませんし、定期昇級に伴う昇給とボーナス、有給休暇、通常は突然の解雇もない環境におります。その一方で、社員は転勤や異動などの会社の命令には絶対に従わなければなりません。多少の希望が叶うケースもありますが、配置部署や、勤務場所などの決定は雇用主に従う必要があります。数ヶ月前の通知で転勤や単身赴任の辞令が出るというのは日本の企業ではごくごく普通のことで、その辞令を断るということは普通ないと思われます。つまり仕事内容や、住む場所、家族と共に過ごす環境という視点に立つと、決して「安定」しているとは言えないのです。

住みたい所に住めない、育てたい場所で子どもを育てられない(あるいは転校を強いる)、やりたい仕事につけない、という環境は上に書いた「定期的な収入と雇用保障」とのトレードオフ(一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという状態・関係のこと)になっています。「解雇もしないし給料もずっと払うが、命令には絶対従うこと」ということです。これは厳密には「安定」ではなく「安全や保障」に近くなり、英語においては「セキュリティ(Security)」が当てはまります。安定という意味の「スタビリティ(Stability)」とは区別しています。Securityにも安定という意味もありますが、それは「財政上の安定」に限定されています。

余談ですがこの話を知人にした所、江戸時代の参勤交代みたいだね、と仰っていました。江戸幕府はお家と領土を守るし戦争も起こさないかわりに、必ず参勤交代として江戸に定期的に来ること、というトレードオフの取り決めをしました。

日本では生活や人生を語る文脈で「安定」という言葉が出てくる時、「財政上の安定=Security」の意味で使われていると思われます。もしStabilityという意味で使われているのであれば、住むところも一定していて、外部環境による変化が少ない、という点を重視するべきだからです。ややこしくなるので、ここでは意味が明確なStabilityとSecurityという英語を使います。つまり日本ではSecurity(=お金)が何より重要で、Stabilityは少なくとも「その次」だということです。正確には「大企業のほうが安定しているからね」と言う時は、長ったらしくても「大企業のほうが家計上安定しているからね(住む場所、所属部署、昇進は雇い主次第で安定していないけど)」とするべきなのでしょう。

どちらが良いということではなく、大事なのは「安定」には Stability と Security の2種類があることと、自分の優先順位はどっちなのかしっかり意識して、その目的のための選択をすることです。例えば新卒でインターン経験もない人がいきなり起業したり、起業間もないベンチャー企業で働くというのは現実的ではありません。やりたい事、興味のあることがはっきりしないうちはむしろ大企業や軌道に乗っているスタートアップ企業などでしっかりとビジネスの基礎や仕組みを身に付け、知らない世界を知り、その環境で全力を尽くしてみることを勧めます。やがて起業したりスタートアップで働く際にも大企業とはパートナーや顧客として付き合いがあるわけで、日本ではその仕組み(意思決定プロセスなど)を理解しておくことは役に立ちます。問題は「大企業に入社したから安泰だ」という「入社ゴール意識」であって、必ずしも大企業に就職すること自体がSecurity志向だというわけではありません。最悪なのは、心の声はStabilityを求めていたのに、入社ゴール意識のまま10年、20年、30年と過ぎ、そこそこのSecurityはあるがStabilityが無いことに後になって気づくといったケースです。こちらの経産省の資料にあるように、これからはより長い人生を二毛作三毛作で考える時代になってきています。副業や週末起業でオプションを広げることで「安定(Stability)」と「安定(Security)」のバランスを考え、最終的に自分はどうなりたいのか?と早い段階で考えてみることをおすすめします。可能性をあえて自分で狭めないでください。考えることを止めないでください。

自分の理想に到達するために、どのように人生を選択していけばいいのか、とても難しい舵取りです。そんなとき「2種類の安定」を軸に考えてみることはひとつの目安になります。