日本の大学生が勉強しない理由

2016年10月3日の日経新聞に、ヤフーが新卒の一括採用を廃止するという記事が載っていました。

今回導入された「ポテンシャル採用」という制度により、30歳未満であれば卒業時でなくてもいつでも応募する事が出来るようになります。

僕自身、過去新卒で就職活動した後、第二新卒で入社した経験があります。日本の一部上場企業に入社したのですが馴染めずにすぐに辞めてしまい、その年の12月から外資系ソフトウェアの会社のアルバイトとして勤務し、翌年4月からいわゆる「第二新卒」という扱いで正社員になりました。今から20年前、1996年のことです。外資系の企業やベンチャー企業では通年採用は割と一般的でしたが、今回ヤフーのような社員数が6000名近い大企業が「一括採用を廃止」したのはある意味歴史的な転換です。もし今後このような制度を採用する大企業が増えれば、日本の就職活動の在り方だけではなく、大学生活の送り方にも大きな影響があるでしょう。卒業時に良い就職先が見つからなかった人が次年度の機会を待つ、就職浪人も無くなるでしょう。

 

「日本の大学生は勉強しないこと」と「一括採用」の関連性

よく「日本の大学生は世界一勉強しない」言われていますが、それは事実のようです(下記資料)。僕はその「大学生が勉強しない理由」が先の「一括採用」と強い関連性があると考えています。

上記リンク先でも述べられているように、その理由は学生のやる気とか真面目さとは関係なく、構造上の問題だろうと思います。少しそのこととは離れて、日本と欧米での人材採用のプロセスを比較してみます。

 

欧米の「オープンポジション」採用

欧米の企業の殆どは人材を「オープンポジション(Open Position)」として募集をかけます。マーケティングに何名空きが出た、とか、新製品開発のためにエンジニアが何名必要になった、という具合です。そもそも「新卒」という概念は希薄かもしれません。経験がないということが考慮され、その分給料交渉で調整するという程度でしょう。もし皆さんが欧米の学生で卒業したらすぐに仕事に就きたい、と思ったら学生時代どうしますか?僕だったら勉強すると思います。募集内容が明確で、その限られたポジションを勝ち取らないといけないからです。自ら情報を探して、先輩の話を聞いたり、募集をかけている企業の情報を入手したりして、出来るだけ即戦力になれるよう学生のうちに出来る知識獲得や勉強をするんじゃないでしょうか。厳しいと思うかもしれませんが一方でこんな話もあります。イギリスでは現在大学を卒業したら1年くらいは世界を旅行したりして知見を広げ、その後就職を考える人が多いと聞きます。新卒の時期を逃すと「不利」になる日本の状況とは違いますね。通年採用しているから、就職するタイミングはいつでもいいわけです。

 

日本の一括採用と手厚い新人研修

ひるがえって、僕も経験した日本での就職活動はどうでしょうか。多くの大企業は大勢の大学、短大、高校新卒者を毎年4月に一括採用します。欧米のオープンポジションと違って、その時点では自分が本当にどのような仕事を任されるのかが決まっていません。さらに入社後、大企業ではそれこそ名刺の渡し方などのビジネスマナーから実務やプレゼンまでを含めた手厚い新人研修が数カ月から半年も行われます。社会人(会社人)になってから必要なことは入社後に全て手取り足取り教えてもらえるのです。採用基準は今でも多くの場合「大学のランクと人柄」です。このような状況を踏まえた上で、皆さんが就職を目指す大学生だったらどうですか?僕だったら正直あまり勉強する動機が湧いてきません。(勉強が好きだったり、教職などの資格を取る人、大学に残って研究職を目指す人は除きます)とにかく卒業しさえすれば大学の成績もまず考慮されることはないし、入社後に必要なことは全て教えてくれるんですから... 何とか就活を頑張って入社しさえすればいいわけです。僕はこの「一括採用」と「手厚い新人研修」が大学生が勉強しない大きな理由、いや、勉強する動機がない理由になっていると思っています。(就職難の話は異なる問題なのでここでは論じません)

 

日本にビジネススクールがない理由も新人研修

また別の機会に書きたいと思いますが、日本の大学の意義のような議論も続いています。要は学術・学問(勉強)に特化している現状 vs 実務的な訓練も含むべきだ、という議論です。一言で言うと、日本には単にビジネススクールが欧米ほど存在していないということなんでしょう。僕の個人的な意見としては今の大学は今のままで(学術特化で)良く、単に実務的な(マーケティングとか、実践的経営手法とか)知識を「学びたい」という人はその後にビジネススクールに行けばよいのです。でも日本にはあまりありません。何故なら必要ではないからです。繰り返しになりますが、大企業に入れば多くの場合、全部教えてもらえます。日本では大企業の新人研修がビジネススクール的な役割も果たしているからではないかと思います。

 

一括採用のメリット

さて、一括採用して新人研修を行うという風習には、いくつかの背景と理由があるのでしょう。その歴史は詳しく調べていないので恐縮ですが、ざっと考えて思いつくのは下記のようなことでしょうか。

■ 大学生が就職を気にせず勉学・学生活動に励むことが出来る

究極的には、大学は就職のためにあるわけではなく高等教育を受けるために存在しています。敢えて学術と実務を切り離しておくことで学生は大学での勉強や、サークル活動などの「学生生活」を満喫できるということがメリットになります。考え方としてとても良いと僕は思いますが、現実を見てみると、大学の4年間をフルフルで満喫するというよりも3年生の頃から一括採用に向けた就職活動を始める必要があり、あまり効果が高くなさそうですね。その点通年採用であれば、むしろ学生時代は勉強や学生生活を満喫し、卒業してから就職のことを考える、ということが出来るようになりますね。

■ 終身雇用が前提で、会社として「家族」のような一体感が必要だった

現在もそうですが以前は今より更に転職が一般的ではありませんでした。高度経済成長時は「会社が家族を含めて守ってくれる」という終身雇用の制度を誰もが喜んだものでした。ずっと一つの会社で働き続けるのであれば、それは会社の環境は家族に近いものとなり、社員は退職の危機感を抱くこともなく安心して仕事が出来ます。社員同士も長期的な関係を前提に付き合いますから、自然とお互いに協力的になるという効果が得られます。ただ、ずっと右肩上がりが続いた当時と違い、現在では完全終身雇用を謳う企業は減ってきています。その両輪の一つである社員の会社へのロイヤルティ(忠誠心)は以前のまま求められている、というのが現状ではないかと思います。その他のデメリットとしては社員が内向きにになり、また決してクビになることはないという安心感の裏返しの甘えが出て、個人個人の向上心が下がり、パフォーマンスが最大限に発揮されない懸念があるということでしょう。

■ 同期入社社員の横の連携効果

僕も同期の大切さを良く知る一人です。わずか10ヶ月で辞めてしまった最初の会社の同期でさえ、今も会えば当時に戻れますし、二つ目の会社も第二新卒だったので同期がおり、仕事やプライベートでお互いに助け合いました。個人的にかけがえのない友人たちであるのと同時に、組織から見た場合、部署を超えた横の連携が期待できます。所属部署内での縦の関係と上手く作用して事業活動をより円滑にする効果があります。

 

メリットとデメリットがあるが...

このように一括採用にはメリットもあればデメリットもあります。ただ働き方の多様性や学生就職活動の負担を考えると、デメリットのほうが大きくなってきていると感じます。一方で、通年採用は学生の立場から見ると、より自分で考える自主性が身につくし、同時に選択肢やタイミングに自由度が増える効果があります。採用を行う企業サイドから見ても、もはや永続するビジネスなどというものはなく、企業間の競争もスピードが求められ熾烈を極める現状では、やる気のある、自主性に富んだ若い人材をタイムリーに採用する必要があります。逆説的ですが、僕はその方が効率が良くなり、自主性も高まり、社員は仕事を楽しんだり、効率が上がったことでむしろ余暇を楽しむ余裕が増えるのではないかと思います。日本企業の人事部の役割は春の一括採用と社内での人事評価に留まっているところが多いですが、今後の人事部の人材採用は企業の成長を左右する、より戦略なものへと変わっていくと思われます。もちろんずっと右肩上がりの成長を続けることが約束されていて、一つの会社にい続けさえすれば、給料も永遠に上がり続ける時代はある意味牧歌的で居心地の良いものでした。僕の両親は公務員だったので、その安心感は良く知っています。残念ながら、今後はそういう状況は少なくなっていくと思います。今回のヤフーの新制度はその変化に対応するものでしょう。